人と答えが違うことに不安ではなく、
自信と喜びを感じる心を養う美術教育

女子聖学院中学校・高等学校

人と答えが違うことに不安ではなく、自信と喜びを感じる心を養う美術教育

理数分野に特化して学ぶ STEM(Science, Technology, Engineering, Mathematics)教育に、Art(美術)の分野を加えたSTEAM教育が重視される中、女子聖学院では6年間、美術を学べる環境がある。その取り組みについて、美術科の渡邊しのぶ教諭に話を聞いた。


女子聖学院には、中高の6年間を通して美術に触れられるカリキュラムがある。6年間続けて美術を学ぶメリットについて、渡邊しのぶ教諭はこう話す。

「6年間途切れることなく美術の授業を受け、作品をつくることで、いろんな技術や表現を体験できるというのが第一です。自分の頭の中にあるものを表現したくても、その手段がなければ作品として外に出すことはできませんが、そうして培ったものがあると、自分の思い通りの作品を生み出しやすくなります。ですから、本校の美術では多彩な技法に挑戦しています。授業で道具の使い方やテクニックなど、技術面から学びつつ、自身の表現方法を広げてほしい。その先に、自分の個性を輝かせる道が広がっていきます」

女子聖学院の美術教育の目標は「人と答えが違うことに不安ではなく、自信と喜びを感じる心を育むこと」。入学後、最初に取り組むのが「つぶれた缶の絵」だ。その狙いについて、渡邊教諭がこう話す。

「子どもたちはみんな、小学校に入るまでは好きなように絵を描いています。ただ、小学校に入ると成績やランクがつけられてしまうので、苦手意識を持ってしまう生徒が多い。また、他の人と同じではないことに不安を覚えてしまう生徒も多くみられます。ですから、最初につぶれた缶の絵を制作することで、小学校時代に身についてしまった美術に対する心の鎧を取り除いていきます。その上で、喜びを感じながら作品を作っていく過程を体験してもらいたいと考えています」

「つぶれた缶の絵」の制作は、各自が自宅から持ってきた空缶を潰すところからスタートする。缶を潰すと、同じ缶でも人によって違う形になるため、人と比べることなく、自分が見たまま描くことに集中できるという。つぶれた文字の描き方や、金属の雰囲気を出す塗り方など、技術的なことを学びながら、次の課題に挑戦する意気込みも育てていく。

また、今回見学した中1の授業では、奈良時代に中国から渡ってきた螺鈿細工を制作。自分で考えてきたデザインをもとに、手鏡の裏に青貝の光沢部分を貼りつけていく過程を体験した。授業中、作品づくりに没頭している生徒もいれば、他の人と和気あいあいと作業を進めている生徒もいた。女子聖学院の生徒について、渡邊教諭はこう話す。

「本校にも元気で目立つ生徒もいれば、大人しい子もいます。普段はそれぞれ自分の場所で楽しく過ごしていますが、文化祭や運動会など、クラスでまとまらなければならないときにはお互いに歩み寄り見事に団結して、乗り越えていきます。異なる性質を持つ生徒同士が心を通わせながら過ごしていく環境が本校にはあります」

中2では絵葉書の模写やダンボールを使った額縁の制作などを通じて、基本的な技術を習得。中3では遠近法や透明なものの描き方、デッサン、構図のとり方など、それまでに学んできた技法を使い、3年間の集大成となる自画像にチャレンジする。単に自分の顔を描くのではなく、どんな表情で、どこにいるのかなど、自分が置かれたシチュエーションを考えた上で、その表情を写真に撮り、描いていく。

「また、中3のショッピングバッグの制作では、店のオーナーになったつもりで、コンセプトの設定から考える。出店場所や客層、売っている商品などを定めた上で、デザインを考え、制作する。焼き芋屋や高級ブテッィク風のものなど、多彩な作品が完成するという。店の企画から自分で考え、作品として表現していくことは、主体性を伸ばすことにもつながっている。

高校では、美術と工芸の選択授業として、作品づくりに携わる。美術ではそれまでに培ってきた技術を再確認しつつ、自分のイメージを作品で具現化していく。

「高校に入ると、デッサンの基本的な技術は身についているので、正確にデッサンした後に、一部分を溶かした状態を想像して描き加えていくなど、技術を応用させた作品に取り組みます。さらさらと、あるいは、ネバっぽく溶かしていくなど、どういった溶かし方で描いていくかは、個々に任せています。きれいに描いたデッサンに手を加えていくので、最初は抵抗があるみたいですが、だんだん面白くなっていくようです」(渡邊教諭)

工芸では、デザインと用途の相互関係を学び、制作を通じて『意匠』を理解していく。ステンドグラスや陶芸などが特に人気で、毎年抽選になるという。

高3では、中3で取り組んだ自画像の発展型として、これまでに培った技術や感性を生かし、既成の枠を超えた自画像に挑戦する。作品はそれぞれ、しっかりした構図でありながら、ユニークなものばかりだ。渡邊教諭はいう。

「生徒たちは、“どういう”作品を“なぜ”作りたいのかなど、作品についてトータルに考えた上でアイディアを出し、制作していきます。6年間を通して、こちらから与えるのではなく、生徒の思いを引き出していくことで主体性を伸ばしていくことを重視していますが、それは美術以外の様々な場面でみられる本校の特色の一つだと思います」

取材日:2018.9.7