芸術家、利根山光人の流れを受けた
自由度の高い授業を実践
海城中学校・高等学校
油絵は西洋画ではメジャーな技法だが、学校教育で取り入れている学校は多くない。海城では以前から中学1年と高校1年の美術で油絵の授業を行っている。現在の同校の校章を作成した芸術家、利根山光人の美術教育への思いが、現在に受け継がれているのだという。その教育とはどのようなものなのか。授業で油絵に取り組む高校1年の生徒たちと、美術科の岡田佳之教諭に話を聞いた。
中学1年の油絵の授業では、全員が絵を描きながら、基本的なことを学ぶ。油絵の経験がある生徒はほとんどいない。中学1年で培った基礎知識は彫刻やデザインなど、その後の美術の授業にも生かせるという。
油絵には絵の具を削ったり盛り上げるなど多彩な技法がある。作者によって独自の描き方があり、性格まで絵に表われることがあるという。
授業では描く過程で自分に合う描き方を発見し、独自性を伸ばしていくことを教育目標としている。最初は独特な匂いや油で汚れるため、なじめない生徒も多いようだが、まずは集中して作品を生み出すことから取り組んでいく。美術科の岡田先生は授業で行う指導について、次のように説明する。
「細かく注意すると、それが正しいと思い込んでしまい、みんな同じような絵になってしまう可能性があります。絵を描いていると絶対に疑問が起きますから、その場で対応するようにしています。また、作品を描き上げていく経験は様々なことに応用できます。将来、生徒たちは多彩な分野で新しいものを生み出し、それを発展させていくことを求められるでしょう。その時に必要な、自分で考える力や表現力などの多様な力を、油絵を通して身につけてほしいと思います」
中学1年の1学期では静物画に取り組み、2学期から自画像に挑戦する。自分の顔を描くことは、自分を見つめ直すいい機会になるという。さらに、岡田先生が言う。
「思春期の生徒はしばらくすると顔つきが変わっていきます。高校1年で描かせると自分の顔と向き合うというより、ただ似させただけの作品になってしまいますが、中学1年の自画像には内面の様々な要素が表われます。自分の顔をじっくり観察し、その時にしか描けない顔を表現してほしいと思っています」
中学2年以降は版画や塑像、絵皿など多彩な表現方法に触れていく。作品の題材は生徒自身が考える。自由に作品づくりが楽しめると生徒たちには好評だ。ある生徒がいう。
「中2のときの絵皿の制作が一番楽しかったです。失敗することもありますが、どういう判断をするかで、作品が良くも悪くも変わっていきます。そのときどう挽回していくかが、特に大切だと感じました」
高校1年で美術を選択すると、4年間美術に携わることになる。1学期に静物画を描き、2学期に集大成となる西洋画の模写に挑戦する。ここでも好きな西洋画を自分で探し、取り組んでいく。ある生徒は、ポーランドの画家・ベクシンスキーの模写に挑戦するという。
授業をきっかけに美術館に行くようになった生徒も多い。授業の前と後では、絵の構図や表現方法などに目がいくようになり、作品の見方が変わったという生徒もいる。最後に、海城の良さについて生徒に聞いた。
「海城は美術の授業以外でも自由な校風で、校則に縛られないところがいいと思います。自由だからこそ各自に責任がありますが、個性が違う仲間に出会うことで、自分のパーソナリティを熟成しながら、一回り大きくなっていけます。そうした環境が、教育理念にある“新しい紳士”を育んでいるように感じます」
美術部には中学1年生から高校3年生まで、約35人が所属している。自由活動のため、決められた活動日はない。「好きなものを好きなように作る」というのが部の方針だ。美術部には、油絵や絵皿、イラスト、粘土、折り紙、七宝焼きなど、多彩な表現ができる設備がある。その中から自由に作品を制作していく。運動部と兼部している生徒も多いが、そのかたわらでの作品づくりは気分転換にもなるようだ。また、夏の3泊4日の合宿では、集中して作品づくりに励んだり、美術館に行くなど、鑑賞の眼を養っている。他校の美術部と交流する合同展覧会では多くの部員が作品を発表。
一般投票で2位に選ばれた部員もいる。美術部の目標の一つが年1回の文化祭だ。ポスターや正面玄関のアーケードの制作など、最も忙しい時期だが、作品を観てもらう絶好の機会でもある。また、部員が対応する七宝焼きの体験教室は毎年人気だ。このほか、美術部の作品は校内のディスプレイルームに飾られている。部員の一人が言う。「授業で学んだ表現方法をさらに深められるのが美術部のよいところです。また、発表の場が多くあることも、美術部員としてモチベーションになっています」
取材日:2016.6.6