不測の事態を乗り切る「自立心」を持った
生徒の育成を目指す、海城の教育
海城中学高等学校
世界的な新型コロナウイルスの流行によって、社会の多くの場面で「これまで通り」に物事を進めることができなくなった。全国の学校では、3月初旬から自治体ごとの判断で順次休校となり、6月に再開されるまでの約3か月間、オンライン授業などの遠隔学習指導によって児童・生徒たちの教育に当たった。ICT教育室室長として海城の遠隔学習指導を推し進めた中田大成教諭に、今回の取り組みを通して気づいた今の子どもたちが抱える課題と、海城が目指す教育の方向性について話を聞いた。
刻々と変化する社会状況を注視し、海城では3月末に新年度からの授業を、インターネットを介した遠隔学習指導によって行うことを決定した。同校では2015年度からICT教育環境の整備を推進しており、4月時点で、「全教員がiPadを所持」、「高2・高3の生徒は共通の端末としてiPadを所持」、「学内の情報管理のプラットフォームとして、マイクロソフトの『Office365』を導入」といった環境が整っていた。
中田教諭が最初に着手したのは、教員のICTリテラシー向上と指導方法構築のための環境づくりである。Web会議やチャット機能などを備えたアプリケーションを使い、アプリの操作方法の解説やミーティングなどをすべてオンライン上で行った。
初めての試みを不安視する声もあったそうだが、動き出してみると、ICT機器の活用に慣れた若手教員らがリーダーシップを発揮。教員同士で『教え合い、学び合う』状況が生まれ、短期間で教員全体のICTリテラシーが大きく底上げされた。
遠隔学習指導の実施にあたっては、同校では、「非同期(オンデマンド)双方向型」をメインに採用。教員側から動画などを用いた教材を配信し、生徒側からは質問や感想を返信、生徒のレスポンスに教員からはさらに回答などが返信されるスタイルだ。教員と生徒が画面上で顔を合わせてやりとりをする「双方向ライブ(オンライン)型」は、高校生の個人面談、中学生のホームルームなどで採用された。
Web会議のように生徒と教員の全員がオンラインで同時につながって授業をするよりも、教育効果の高い配信教材を利用する方が、遠隔学習指導に適しているという判断だった。
同校の教員が作成した動画などの配信教材は、「わかりやすい」「何度も見直せる点がよい」等、生徒に好意的に受け入れられた。また、期間中、多くの学年・教科が例年とほぼ同じ進度に到達することができた。
同校では、自粛解除となった6月1日の入学式を皮切りに、「ウィズコロナ」に対応しながら学校を再開。遠隔学習指導は一旦幕引きとなったが、秋には全中学生にMac Bookを配布する準備を進めるなど、ICT教育環境のさらなる充実を図っている。
学校改革の取り組みを通じ自立的に学べる生徒を育成する
今回の遠隔学習指導においては、全教員が「生徒のために」という共通目標をもって、協働することができた一方、自宅でも学習できる生徒とそうでない生徒との差が開いてしまうという課題にも直面した。
中田教諭が「現代の中学受験教育の問題点」と指摘するのが、自立性にかける子どもたちだ。
「中学受験では、塾が手厚くサポートし、親子二人三脚で取り組むことが当たり前になっています。結果、多くの子どもたちは、受け身で学び、自立性のないまま育ってしまっています。それを育て直すことが、近年の学校改革の大きな目標です」
同校の学校改革は、1991年の創立100周年を機に始まった。「新しい学力」と「新しい人間力」の育成を目指した探究学習や体験プログラムの導入、グローバル教育の推進等、その取り組みは多岐にわたる。前述のICT教育の推進もその一環である。
これからの学校改革のヒントのひとつとなっているのは、OECD(経済協力開発機構)の提言だ。19年に出された「学びの羅針盤2030」では、AARと呼ばれる「見通し(Anticipation)、行動(Action)、振り返り(Reflection)」のサイクルの確立が重視された。
この4月には、AARサイクルの実践として「海城版キャリアパスポート」を導入。新型コロナウイルス流行による、想定外の家庭学習の振り返りとしても役立てている。
さらにはJAXA(宇宙航空研究開発機構)との共創事業・実証協力校として、主体性や多様性、協働性などの可視化が難しいスキルを評価し、育成する教材の開発も進めている。
中田教諭は、最後に力強くこう語る。
「自立的に学び、主体的に創造する資質能力を持った子どもたちを育てることが、海城の方向性であり、私たち教員のミッション。想定外の事態にも慌てず、大局観に基づいた教育を行なっていきたいですね」
取材日:2020.7.3