独創的な授業が、生徒の国語力を育てる
駒場東邦中学校・高等学校
駒場東邦の国語教育の魅力は、担当の教諭が毎年研究を重ね、工夫をこらしてつくりあげる独創的な授業内容にある。国語科の向井恒爾教諭、小原広行教諭、下山大介教諭に、さまざまな取り組み例と、同校が目指す国語教育について話を聞いた。
本物に触れるとは
同校の教育のモットーの一つが「本物に触れる」というものだ。「本物」が持つ力について、向井教諭は十数年前に同校に赴任してきたばかりのころを振り返り、こう語る。
「高校の漢文の授業で、教科書のように活字で組んだ漢文ではなく、原典となる書物をそのまま印刷した、版本と呼ばれるものを教材として使っていることに衝撃を受けました。生徒たちは、各自で予習などをしてきちんと内容を理解して授業を受けており、本物で学ぶ素晴らしさを実感する授業でした。本気で向き合えば、生徒は本気で伸びてくれるのだと実感しました」
現在、国語科では、教科書やオリジナルのプリントでの学習のほかに、夏目漱石などの近代文学、近年の芥川賞受賞作品を中心とした現代日本文学、海外文学など、学年ごとにテーマを設け、文庫本や新書など1冊丸ごとを教材として使用している。中高6年間を通して、20冊程度の本を課題として読み込むことになり、生徒の読書経験の幅を広げるきっかけとなっている。
教材は書物だけに止まらない。昨年度の中学1年生の授業では『東京干潟』というドキュメンタリー映画の鑑賞会を実施。上映後に作品を監督した村上浩康氏との質疑応答を行うなど、映像を読み解き、作者との対話を深めるという試みも行われた。
少しのきっかけで生徒は自ら学びだす
各教員が授業づくりの際に心を砕くのが、「生徒が興味を持ち、楽しみながら学ぶ」仕掛けだ。
漢文を専門とする小原教諭は、「人気漫画『鬼滅の刃』の『鬼滅』という熟語の意味は、『鬼を滅ぼす』と『鬼が滅びる』のどちらだろう?」というように、生徒に関心の高い言葉を用いることで、漢文の読み方に生徒の興味関心を惹きつけるしかけの一つにする。
「漢文という一見生徒たちの日常とは遠いものを、いかに身近に感じてもらえるかを大切にしています。古文や漢文のような古いものは、今さら学ぶ必要がないと誤解している生徒に、今の世の中とのつながりを、しっかりと感じてほしいですね」と、小原教諭は語る。
また、読解において、グループワークを多く取り入れることで、生徒同士が教えあったり、グループ対抗で競いあったりと、積極的に学ぶ空気が生まれているという。グループ対抗の中には、要約文コンテストなど学年全体でトロフィーをかけて競うものもあり、生徒たちは大いに盛り上がるそうだ。
社会に出てからも役立つ幅広い国語力の養成
同校で力を入れているのが、論理的に思考し、他者に的確に伝える力の育成だ。
たとえば、中学1年生の国語B(表現)の授業では、自宅周辺の地図を使って、駅から自宅までの道順を、初めて訪れる相手が迷わないように説明する課題や、一人の生徒が絵を見て書いた説明文をもとに、絵を見ていないもう一人の生徒が絵を再現する課題などに取り組む。
このほかにも、5W1Hを意識したメモの取り方や、資料づくりに必要な表やグラフの使い方など、社会で役立つ情報リテラシーの基礎を身につける授業づくりが進められている。
下山教諭は、同校の取り組みについて、こう語る。
「相手の立場で考え、円滑にコミュニケーションをはかる実践的な学習と、文学作品などを通して普遍的な人の心の動きを学ぶことは、どちらも欠かせない国語教育の両輪です。生徒たちには、人生を豊かにする糧として、授業を楽しんでもらいたいですね」
過去の実践例
中学1年生(国語A)
入試問題で使用した短編小説『夏と百花とカルピス』を、4月からの授業の題材に設定。登場人物について絵画にしたり、プレゼン原稿を作成したりして掘り下げた。さらに、授業のまとめには、作者である児童文学作家の戸森しるこ氏を招いた講演会を開催。制作の思いや作品解説を作者本人の言葉で聞くとともに、生徒が授業で取り組んだ人物像解釈を伝える試みを行った。
高校1年生(現代文)
担当の教員が選んだ現代文学作品の文庫本9冊を、1年間の課題図書として生徒全員に与え、グループごとに担当作品について自由に掘り下げ発表する。発表は1グループ50分の持ち時間で、パワーポイントで資料をつくる。グループによって内容は、結婚をテーマにした作品であれば、背景事情として日本の婚姻率や離婚率の推移を調べたり、作品に登場する地名や描写をたよりに作品の舞台になった街を訪れ、主人公の家を仮定したりするなど、生徒が知りたいと思ったこと、伝えたいと思ったことを自由に調べ、まとめあげる。発表グループ以外の生徒も、全員作品を読み、発表内容について評価する役割がある。
取材日:2020.7.22