「演劇ワークショップ」で価値観の異なる他者と協働し、
答えのない課題を創造的に解決する能力を養う
海城中学高等学校

海城中学高等学校では、対話的なコミュニケーション能力、プレゼンテーション能力、価値観の異なる他者と協働する力、決まった答えのない問題の解決に取り組む力などを体験的に学び取ることをねらいに、プロの演出家や俳優を招いた演劇ワークショップ(WS)を授業に取りいれている。15年ほど前から、演劇の手法を用いたプログラムに携わってきた国語科主任の中村陽一先生に、演劇WSを導入した経緯やその意義についてお話を伺った。あわせて、今年から始まった、夏休みに他校の学生と一緒に活動する演劇WS「SummerWorkshop vol.1 〜夏の演劇入門〜 」の様子を、参加した学生の声とともに紹介する。
海城中学高等学校における演劇ワークショップ(WS)の導入は、「大学受験のための学力だけではなく、社会で活躍するための真の人間力を育んでいくべきではないか」という問題意識のもと、1990年代から進められてきた同校の教育改革の流れの中に位置づけられる。
「私が赴任する前から演劇WSを取り入れようとする動きがありました。私もその試みに関心をもち、公共劇場などで実施される演劇WSに参加し知見を深め、演劇人との交流を重ねながら同僚の教員と共に導入の準備を進めました」と中村先生は振り返る。
希望者対象のWSを何度か実施した後、2010年に中学2年生全員が参加する「聞き書きWS」が始まる。ファシリテーターのすずきこーたさんの指導のもと、生徒たちは初めて出会う大人から聞きとった話を題材に、班ごとに演劇を創作した。翌2011年からは中学3年生が修学旅行のふりかえりとして演劇を創るWSが始まった。「東京デスロック」の多田淳之介さん、「ままごと」の柴幸男さん、「範宙遊泳」の山本卓卓さんら第一線で活躍する演出家が指導にあたっている。
「演劇WSは価値観が多様化し将来の予測が困難な現代社会で求められる力の育成に適していると考えます。例えば、WSの中で生徒たちは互いのアイデアの違いを擦り合わせながら作品を創作します。限られた時間の中で観客に伝わる表現を目指し工夫を重ねますが、観客の心に届く表現に唯一の正解があるわけでありません。他者と対話し協働しながら、答えのない課題を創造的に解決する経験を重ねているのです。このような経験を通して育まれる、『互いの価値観の違いを活かしながら一つの答えのない問いの解決をはかる力』は、これからの社会において極めて重要だと考えています。もっとも、これは学びの一例に過ぎません。生徒たちはWSに本当に楽しそうに取り組みます。演劇という芸術を楽しみながら、生徒たちは様々な気づきを得て、我々が想定する以上のことを学び取っているように思います」
現在では、中学1年生から高校2年生までの各学年で演劇WSが実施されている。プログラムは、海城の先生と演劇人が協力して作りあげているという。
「生徒たちにとってより豊かな学びの場となるように、海城生の特徴を理解している我々と専門性をもった演劇人が協力してプログラムを作成しています。私自身は東京学芸大学の非常勤講師として大学生にWSを教える授業を担当していますが、関わる海城の教員それぞれの経験や知識を活かしながら、海城生に適したオーダーメイドのプログラムを実施している点は、海城の演劇教育の強みだと考えています」
他校生と協働し作品を創り上げる挑戦へ
演劇WSを続けてきた海城が、この夏新たに始めたのが「Summer Workshop vol.1 〜夏の演劇入門〜 」である。
「以前から、価値観の異なる他者との協働を目指すならば、他校の生徒さんと一緒にWSをすべきだと考えていました。中学3年のWSでもお世話になっている吉田小夏さんと新たなプログラムを立ち上げました」
何校かの先生に声をかけたところ、共学校、女子校、男子校から参加希望があった。海城生とあわせて33名が夏休みに3日間の演劇WSに参加した。
「最初は互いにぎこちない様子でしたが、3日間共に演劇に取り組むうちにすっかり打ち解けていました。発表会後の充実感に満ちた生徒たちの表情を見るにつけ、このWSを通じて本当に多くのことを学び取ったのだと思いました。あらためて演劇の力を感じた夏でした」
来年の「vol.2」の開催も決定し、同校の演劇WSは今後さらなる発展が期待される。

Summer Workshop vol.1 〜夏の演劇入門〜
レポート
7月24日から26日の3日間、海城の生徒に加え、共学校・女子校・男子校の3校から集まった中高生、計33名が「Summer Workshop vol.1 〜夏の演劇入門〜」に参加した。ファシリテーターは劇団「青☆組」を主宰する演出家・劇作家の吉田小夏さん、アシスタントとして3名の劇団員も加わった。題材としたのは、小川未明の短編小説「野ばら」。国境で出会い、やがて敵味方となる老兵士と青年兵士の心の交流を描いた作品をもとに創作活動に取り組んだ。3日間のWSを経て、最終日の午後には保護者や関係者を招いた発表会が開かれた。第1部では生徒たちが物語を現代に置き換えて創作した「わたしたちの『野ばら』」を上演。入学式で初めて出会った二人のぎこちないやりとりや、電車で隣り合った人との交流、修学旅行で二人きりになった男女の会話などを通じて、「圧倒的他者とのコミュニケーションに必要な勇気と、その勇気が種となり野ばらが咲くように生まれた生活の中の小さな平和」を表現した。第2部では、原作をもとに、現代を生きる私たちの平和への祈りをこめた朗読劇が演じられ、物語の世界が鮮やかに立ち上がる中、観客が涙ぐむ場面もあった。学校や学年の枠をこえて一緒に作品を創り上げ、舞台に立った33名の姿が深く心に残った。
参加した生徒の感想

中谷 「『どこに声を届けたいのかを意識してつま先から頭までを聞き手に向けると小さな声でも届く』という吉田小夏さんのアドバイスを受けて、声の出し方が自分でも驚くほど変わりました。演劇だけではなく日常の生活にも役にたつことだと思いました。WSの中で、どうすれば上手く伝わるのか、どうすればこのなんとも言えない気持ちを表現できるのかと悩み、答えがあるようでないような問いをみんなで考える時間はとても楽しかったです。演劇の楽しさを改めて感じました」
菊地 「仲間との考え方の違いや共通点を見出しながらそれぞれが作りたいと想像している演劇を1つの演劇に合わせる作業をするときのワクワク感や新鮮さを味わいたくて、今回のWSに参加しました。朗読劇を発表した時に泣いていた方がいたというのは非常に驚きました。朗読劇をしている自分や自分達の気持ちだけでなく、他の人の気持ちをいい方向に動かすことができたのは、今でも非常に誇らしい気持ちで、それだけでも今回のWSでの学びや意味は十分すぎたと思います」
松川 「昨年、吉田小夏さんのWSに参加しクラスメイトと短い劇を創った体験が非常に楽しくわくわくしたため、今回も参加しました。初対面の生徒との演劇づくりは、はじめはやはり緊張してしまいましたが、良い劇を創るという共通の目標を持っていることを感じたことで打ち解けることができました。印象的だったことは他校の生徒と演劇の話を通じて親睦を深められたことで、3日間という短い時間の中で仲良くなり、いろいろなことを話し合うことができました」
取材日:2025.7.30