ありのままに自分を表現し、感覚的に他者理解を深める美術教育で
協調性を養い、世界の調和を目指す
成城中学校・高等学校

1885(明治18)年に創立され、文武両道の伝統のもと、次代をたくましく生きる人間力の高いリーダーを育成している成城中学校・高等学校。多様な人々と協調し、世界と調和する力が求められる現代において、自己表現力や他者への理解を育む美術教育を実践している。その取り組みについて、芸術科主任の今崎英夫先生に話を聞いた。
―御校の美術教育の特色について教えてください。
美術では、友達の作品を見ることで、自分と他者との違いを視覚的に理解していくことを大切にしています。教員が言葉で「他者への理解を深めましょう」と教えるのではなく、個性は人それぞれだと直感的に気づくことで、他者への偏見や先入観がなくなると考えています。
言葉を使ったコミュニケーションの中では喜びや悲しみ、怒りなどの「一般感情」が生まれやすく、時として競争や優劣、差別が生じます。その一方で、作品の制作や鑑賞は感動や共感、安らぎといった「芸術感情」を刺激します。それが心の余裕を生み、人生を豊かなものにします。柔軟な思考をもつ中高生のうちに多様な価値観に触れて視野を広げ、どんな人とも協調し、世界と調和する姿勢を養ってほしいと思います。
―具体的にはどのような課題に取り組んでいますか?
中2では、等身大に切り取った段ボールを自分の好きなものでコラージュする「人間の中身」に取り組んでいます。特技や趣味にまつわるものをはじめ、海や宇宙といった自然環境を題材にした写真、感情を表すイラストなどを使用し、自分らしい色とりどりの作品を制作しています。
高1では「自分動画」という自己アピール動画を編集・制作します。部活動や自分の好きなものの紹介など、様々なものがあります。ディレクターの仕事に興味がある生徒は、バラエティ番組やニュース番組のような本格的な動画を制作していました。
このほか、香りや音楽など、五感で感じたことを自由に絵の具で表現し、生徒の心の内を解放する機会もあります。台湾の姉妹校と同じテーマで取り組み、オンラインで発表会を実施しようと考えています。日本と海外の美意識や文化の違いを実感してほしいと思っています。

―生徒一人ひとりが思い思いの作品を作っているのですね。
作品のテーマを制限しないことが、生徒の自由な発想につながっています。先生からの評価や友達の作品を気にして〝上手な作品”を作るのではなく、たどたどしくても、自分自身が満足できる〝いい作品”を作ることが大切です。自己表現が苦手な生徒もいますが、不得意なことを強制せず、アドバイスをしながら寄り添うことで、作品作りを楽しめるようにしています。
作品が完成すると鑑賞会を行います。鑑賞会は、自分の作品に対して友達から感想をもらういい機会です。クラス全員で楽しみながら互いの作品の良いところを共有します。本校出身のクリエイティブディレクターである佐藤可士和氏も、友達からの助言をきっかけに美大への進学を決めたそうです。優劣をつけず、お互いの個性を認め合うことで、居心地の良い空間を実現しています。また、作品を褒められることで自信がつき、より自由な自己表現ができるようになることもあります。中学受験を経て一時的に自己肯定感が下がっている生徒もいますが、美術以外の教科も含めて、自分の興味・関心や得意なことを見つけてほしいと思います。美術教育で培った何事にも前向きに楽しむ姿勢は、社会に出た後も、職場づくりなどに生かせるのではないでしょうか。
―美術教育は生徒にどのような影響を与えていますか。
AIなどによって物事の効率化が進む時代だからこそ、じっくり時間をかけて作品を制作することが、他人を気にせず自分の世界を楽しむ心のゆとりにつながっています。特に、建築模型の制作や、漆を塗り重ねる彫漆の一種である堆朱の課題には多くの生徒が夢中になっています。その行動に意味があるかどうかではなく、自分が好きなことをとことん追究することで、はじめて達成感や納得感を得られます。
また、作品の色使いや明るさを通して生徒の精神的な変化に気づくことができる美術は、心が繊細な生徒の居場所にもなっています。一時的に気分が落ち込んでしまっても、芸術に触れることで心を落ち着かせて英気を養い、元気に学校生活を送れるようになった生徒もいます。卒業後に美術の授業を思い出し、作品制作に取り組む生徒もいます。社会に出て様々な困難に直面する中でも、美術の経験が生徒にとっての心の拠り所になることを願っています。
―将来、生徒たちにどのように活躍してもらいたいですか?
中高時代、生徒たちの芸術的な表現は変化していきますが、それ以上に、人間的に大きく成長します。人種や世代を越えて多様な人々が共生する現代では、他者と協調する力が必要不可欠です。世界には様々な対立が存在しますが、美術の授業で培った自己表現力や他者を理解する心を大切に、グローバルな視野をもって国内外で活躍してほしいと思います。そして、保護者の皆さまにも、お子さんが自分で考えて行動し、自立していく姿を見守ってもらいたいと思います
取材日:2025.9.3