『若い時に本物を存分に』体験と発見に満ちた
選択授業「江戸・東京」
青山学院中等部

「ゆとりある環境の中で一人ひとりの個性と自主性を育む」教育をモットーとする青山学院中等部。3年生が履修する週2時間の「選択授業」も大きな特色だ。ほぼ全教科にわたって講座が設けられ、科目の枠を超えたユニークな学びも多い。その中から、2025年度にスタートした「江戸・東京」の講座を担当する小川広記先生、水野祐輔先生に話を聞いた。
一般的に中学3年といえば受験勉強が本格化する時期であるが、幼稚園から大学、大学院までの一貫校である青山学院では、受験勉強にとらわれず、じっくりと学びを深め、自分の興味ある分野に打ち込むことができる。青山学院中等部の選択授業は、それを象徴する学びの一つだ。小川先生はこう話す。
「中等部の初代部長である古田十郎先生は、『若い時に本物を存分に』という言葉を残しています。選択授業においてもその精神を大切に、各教科の教員がそれぞれの専門を生かした講座を企画し、普段の授業とはひと味違う学びを実践しています」
同校に選択授業が設置されたのは、今から50年以上前の1971年。当初、講座の数は15~16であったが、近年は毎年25前後を開講し、生徒は自分の興味に応じて選択できる。その中で「江戸・東京」は、江戸文化を専門とする小川先生と、地理を専門とする水野先生のコラボレーションから誕生した新しい講座だ。
「もともとは個々に講座を持っていたのですが、本来、歴史と地理は密接に関連しているものです。そこで2つを融合し、歴史的な見方と地理的な見方に同時に触れることで、生徒たちが多面的に社会や世界を捉えられるような講座をつくれればと考えました」(小川先生)

座学よりも体験に重きを置いていることも「江戸・東京」の特徴だ。たとえば4月には、歌舞伎俳優で同校の卒業生でもある中村歌之助氏を特別講師に招き、歌舞伎の歴史や役柄と化粧の意味などを学び、実際に化粧を体験した。その後5月に行われた学年行事「歌舞伎鑑賞教室」では、「意味を知ったうえで観劇すると登場人物の人物像がイメージしやすく、歌舞伎を楽しいと感じた」といった声が生徒たちから寄せられたという。今後も日本舞踏や長唄など、さまざまな江戸文化体験が予定されている。
もう一つ、校外学習の巡検も「江戸・東京」の特色だ。巡検とは地理学で現地調査を意味する用語のことで、都内各所で年3~4回の巡検を計画している。そのねらいを水野先生はこう話す。
「初回は青山・表参道へ出かけました。巡検に出るのは、実際にその場に行くと目で見て理解できますし、歩いて体感するとさらにわかりやすくなるからです。この場所には昔何が建っていたんだろうとか、なぜこの地形は生まれたんだろうとか、まちの成り立ちを、歴史・地理・地学などさまざまな視点から掘り下げていきます」
小川先生が続ける。「地理的なものの隣には必ず歴史が存在します。たとえば表参道の交差点に2基の石灯篭が建っていますが、台座の部分が黒ずんでいます。これは昭和20年5月の山の手空襲によるもので、華やかな表参道にも戦争の痕をはっきり見て取れるのです」
そうしたポイントを"説明しすぎない”ことも心がけていると水野先生は言う。「生徒には、気になることはない?と投げかけて、一人ひとりが自分の頭で考えることを大切にしています。見慣れた景色でも、地理的視点や歴史的視点で眺めてみると新しい発見がたくさんあります。そうした体験が生徒たちの興味関心の芽を育み、探究心を深めるきっかけになれば嬉しいです」
机上で知識を覚えるのではなく、心と体を使って触れる、気づく、考える。そんな「体験」と「発見」に満ちた学びは、生徒の自主性を伸ばし、人生の視野と将来の選択肢を広げてくれるだろう。

最後に、受験生や保護者に向けて、小川先生と水野先生がこうメッセージを送る。
「知識が実体験とつながると、学んだことが深く自分の中に定着します。たとえば、旅行先でその地域の伝統工芸を体験すると、そこでとれる素材や原料、気候や地形とのつながりが実感できて、教科書で読むだけの学びよりもはるかに理解が深まります。ですから、できるだけ多くのいろいろな体験をしてほしいと思います」(水野先生)
「中学受験に臨む受験生から、受験生活で大切なことは何ですか?と聞かれたとき、私は家の手伝いをすることと答えています。勉強だけでなく、自分が置かれた環境に感謝の心をもって食事の後片付けや掃除もする。そうした姿勢は中学校入学後の成長に必ずつながると思います。本校で、知識を知恵に変える学びや体験を一緒にしましょう」(小川先生)
Report「四谷・霞が関」巡検
2025年7月2日、「四谷・霞が関」巡検が行われた。四谷、外濠、紀尾井町、赤坂見附、霞が関など東京の中心地を2時間かけて徒歩で巡るコースだ。スタート地点の四ツ谷駅のホームに降り立つと、上智大学真田堀運動場が目に飛び込んでくる。ここで早速、水野先生から「運動場の土地が低くなっているのはなぜだろう」という問いかけがなされた。その後も、江戸城外郭門の一つ「喰違木戸跡」の道の形状、「紀尾井坂」の名のおこり、「清水谷公園」の地形的特徴などについて次々と質問が投げかけられた。その答えを辿ると、歴史は地形に刻まれるということがよくわかる。ただし、先生は答えを示さない。毎回、巡検ルートに応じて複数のテーマを用意し、巡検後、その中から生徒が1人1テーマを選んで調査を行い、まとめ、発表を行う。巡検を終えた生徒たちからは、「教科書に載っていた場所を自分の目で確かめることで、知識に実感が伴った」「普段から地形や地名を意識してまちを見るようになった」という声が聞かれた。
取材日:2025.7.13