本物に触れることで審美眼を養う
独自の美術教育

青山学院中等部

キリスト教の学校として、人間の核になる「心を育む」教育を実践している青山学院。美術科では、様々な作品づくりを通してイメージしたことを表現する教育を実践している。中等部3年間の美術教育の集大成として取り入れているのがランプシェード制作だ。絵画や彫刻、工芸など、アートのあらゆる要素が含まれるこの取り組みは30年以上続いており、卒業後も大切に使用しているOB・OGも多いという。ランプシェード制作から選択授業まで、同校の美術教育について、美術科の筒井祥之先生に話を聞いた。


―中3のランプシェード制作の狙いと実際の工程について、お聞かせください。

筒井 現代は、暗闇でもスイッチ一つで昼間のように明るく過ごせる環境があります。ただ、人間らしい様々な感情が湧きやすくなるのは、明け方や夕方など、日中の明かりが陰ったとき。現代は明るすぎる分、情緒的な感情が湧きづらくなり、想像力も弱まっています。我々が普段あまり意識していない明かりについて考えていくことが、ランプシェード制作の根底にあります。

授業で制作するランプシェードは、土台になる陶器と、和紙などで作ったシェードの、異質な素材を組み合わせたものです。最初に全体のテーマを設定します。異質な素材を一つの作品にするのは大変な作業ですが、テーマがあるとまとまりやすく、統一感のある作品に仕上がります。生徒たちのテーマは森や水族館、キャラクターなど様々。自由にテーマを決めています。

次に、3枚の原寸大の図面を描きます。そして、実際の大きさやシェードとのバランス、仕上げのイメージを決めて紙に書き出し、実際の作業がスタートします。

最初に、土台になる陶器から作ります。スライスチーズ状にカットした粘土を、図面に沿って立体にします。今は、幼少期に土に触れる体験をしていない生徒が多いのですが、成長段階で土に触れることは大切なことです。指先を使って粘土を練りながら、イメージしたものを生み出していく。そういう作業を子どもの頃にしているかどうかで、大人になって新たなものを創造するとき、大きな差が生まれます。

形が出来上がったら、素焼きに入ります。陶芸窯は校内にありますが、250人以上の生徒の作品を焼くのは難しいので、素焼きや釉薬付け、本焼きは専門業者に任せています。粘土が陶器になって戻ってくると、生徒はみな感動を覚えます。陶器に電球をつけるソケットを組み込み、コードの配線も生徒自身が行います。そして、シェードを作り、装飾して完成です。

ランプシェード制作は30年以上続けていますが、親子2代にわたって取り組んでいるご家庭もあり、卒業後も大切に使用してくれているようです。美術科の作品づくりを通して、末永く愛せるものを自分の手で作り上げる体験をしてほしいです。

―他にも、様々な作品づくりに取り組んでいます。

筒井 中等部では本物に触れる教育を大切にしています。いろんなもののコピーが氾濫する現代において、本物に触れながら審美眼を養うことは重要です。その上で、自分のイメージを作品にしていきます。

中1では、夏休みの思い出を箱の中に表現するBoxアートに取り組むほか、聖書を題材にした版画づくりにも挑戦します。また、中2では、自分探しをテーマに自分の苗字や名前の由来などを調べて自画像を描きます。その自画像をカラーコピーして別の紙に貼り、背景に自分の部屋を描いて一つの作品にします。この工程を通して、自分を知り、向き合うことを学びます。かつてのギリシャの哲学者ターレスは、世の中で最も容易なことは「他人を知ること」、最も難しいことは「自分を知ること」と答えたそうです。この取り組みは、「自分を見つめる」きっかけになっています。

また、小さな木片を貼り合わせて形を作り上げていく寄せ木細工にもチャレンジします。制作の前に、木材がどのように育ち、どう使われているのかなど、木に関する授業も行います。そうすることで、木に対する生徒の意識が変わり、小さな木でも粗末にせず、大切に使用するようになります。自分の作品が命あるものによって出来上がることを実感する機会になっています。

―中3の選択授業では、エッグテンペラの制作に取り組みます。

筒井 中等部で50年以上前から先駆的に実施してきた選択授業では、週2時間、教員が教科の枠を超えて、授業を行っています。毎年約25講座を開講しており、生徒は多彩な講座の中から興味があるものを選択しています。

私が担当しているエッグテンペラは、中世ヨーロッパで行われていた、卵の黄身を使った「テンペラ絵の具」で描く絵画技法です。現代は、出来上がったキャンバスや絵の具を買ってから、絵を描きます。しかし当時は、すべて素材から作っていました。授業では、当時の人々と同じように、すべてを生徒自身の手で作ります。キャンバスを制作してテンペラ絵の具で絵を描き、額縁を制作するまで、一連のプロセスを体験します。美大で取り組むような高度な内容で、1年かけて1枚の作品を仕上げます。自分の子どもや分身のような気持ちが芽生える、愛着を持てる作品が完成します。

―美術科として、生徒に学んでほしいのはどんなことですか。

筒井 人間には、ものを創造する力が備わっているものの、どのような形で表現したらいいのかわからない人も多いようです。大事なのは、イメージをもつことです。それがあれば、途中で行き詰まっても、次の展開につながっていきます。そこが、他の教科ではなかなか学べない、美術科が大切にしている部分です。美術の授業を通じて、自分がイメージしたものを具体化していく面白さを知ってほしい。それは将来、仕事などでも生かせるスキルです。

取材日:2022.7.20