多彩な体験型授業を通して
社会に対する当事者意識を養う

浅野中学校・高等学校

多彩な体験型授業を通して社会に対する当事者意識を養う

社会科は、地理や歴史、政治経済、公民などの科目を通して、社会への理解を深めていく教科だ。社会に出たときに求められる基本的な素養を身につけていく機会でもある。実際の学校現場では、どのような教育が行われているのだろうか。神奈川県内屈指の進学校である浅野中学校・高等学校の社会科教員、麻生徹先生、宮坂武志先生、森智史先生に話を聞いた。


浅野では、中学・高校の社会科で学ぶ内容を高1までの4年間ですべて学習するカリキュラムを採用している。座学が中心の中学1・2ではしっかり知識を身につける。その上で、中3・高1は通常の授業に加え、自分の意見を持って選択的な意思決定をしながら、人と関わっていく体験型の授業を設定している。高2・3はそれまでの4年間で学んだことを土台に、大学受験に向けて実践的に学習する。カリキュラムの狙いについて、麻生徹先生がこう話す。

「中3・高1は、いろんな知識が身についてきて、抽象的なことを考えられるようになる時期です。特に、中3の公民から抽象的なテーマを扱うことが多くなるので、生徒がより主体的に取り組めるよう、『教育と探求社』が提供する探求学習プログラム『コーポレートアクセス』や、貿易ゲーム、模擬国連などの体験型の授業を設けています。体験したことを通常の授業で振り返り、理解を深めていく狙いもあります」

麻生 徹先生

昨年から高1の公共の授業で実施しているコーポレートアクセスは、実際に企業から提示されたミッションについて、教室の中でインターンとしてアイディアや意見を出し合いながらミッションに取り組んでいくプログラムだ。中間発表では、企業担当者からアドバイスをもらうが、ときには厳しい意見が出ることも。それをもとにブラッシュアップして、最終的なプレゼンテーションにつなげていく。「企業が実際に提供している商品やサービスにはいろんな工夫が施されていることに気づくきっかけにもなっています」と担当の森智史先生。

森 智史先生

このプログラムは、他にも多くの学校が取り組んでいる。昨年、そうした学校が集まる全国大会に、浅野も4チームがエントリー。1チームが出場し、優秀賞を獲得した。

「全国大会に出場したチームは、たくさんのユニークな企画を出す意欲的なチームでした。粗削りではありましたが、企業からのアプローチもあり、生徒にはいい刺激になったと思います」(森先生)

この他、通常の授業内で生徒による2分間スピーチも行っている。テーマは「私が見つけたイノベーション」。一人一台所持しているクロームブックを活用して伝えたい内容を生徒自身が調査し、スライドなどを作成し、発表する。独自の目線で世の中を変えたサービスや製品がどんなものなのかを考える機会になっている。その内容は、タオルを作るときに発生する埃を使ったキャンプ用品や、鉄道にまつわる事柄、昆虫食などさまざまだ。社会科の多彩な取り組みについて、宮坂武志先生がこう話す。

宮坂 武志先生

「社会科は、物事をそのまま受け入れるのではなく、本当にこれでいいのかと考える、批判的な精神を涵養する教科です。その中で、体験型の授業は自分自身を相対化させていくきっかけになるものです。また、海外との交流が盛んになる中で、他者の立場を踏まえて考えていく多角的視点を持つことも大切なことです。柔軟に様々な価値観を受け止めることのできる中学・高校の時期に、そういう視点を育んでいくことは、本校の社会科がもっとも力を入れているところです」

今年から、高校では新学習指導要領がスタートした。社会科には、社会における当事者意識や主権者意識を養う公共科目が加わった。また、新学習指導要領では探究型学習も重視されている。コーポレートアクセスは、その一端を担うプログラムでもある。森先生が言う。

コーポレートアクセスの授業における生徒のプレゼンの様子

「公共は、各種制度や思想、考え方などが社会でどう扱われているのかを学ぶ科目です。企業を通じた社会参加について考えるコーポレートアクセスなどの体験型授業を通して、当事者意識を持って、社会に対して責任を持てる人材を育てたいと考えています」

九転十起でチャレンジする生徒を応援

県内屈指の進学校として、数多くの優秀な人材を社会に送り出している浅野。勉強はもちろん、部活動や学校行事など、さまざまなことに打ち込める充実した環境がある。浅野の魅力について、麻生先生がこう話す。

「九転十起という校訓にもあるように、失敗を怖がらずに、どんどんチャレンジしていける雰囲気があります。失敗してもそこから学び、次は違うやり方でアプローチすればいいだけですから。それに、どんな生徒にも居場所がある、おおらかな学校です」

全教室にプロジェクターが設置されており、動画や画像などを活用した授業も多い。また、社会科の体験型授業でも活用される図書館「清話書林」は、自由なレイアウトが組める、グループワークがしやすいつくりになっている。約6万冊の蔵書があり、それぞれの先生が授業に関連する本を推薦する展示スペースもある。

最後に、浅野を目指す小学生や保護者に向けて、3人がこうメッセージを送る。

「社会科の勉強は暗記すればいいだけと思われがちですが、それだけではありません。例えば、日常生活の中には社会に関するネタが転がっています。日々起きている事柄について、“なぜだろう”と考える感性を養ってほしいです。それが、物事に対して主体的に考える第一歩になります」(麻生先生)

「中学受験では、合格というゴールに向かった短距離走のようなアプローチが求められますが、学ぶことを楽しむことも大切です。何のために学ぶのか、ではなく、楽しいから学ぶ。その積み重ねが、知的なスタミナをつけます。それが、入学後の学習につながっていきます」(森先生)

「入試では点数を取らなければ合格できませんが、それには学ぶことに対する素直さが必要です。浅野の社会の入試は、ひねりがある問題はあまり出題されませんので、まずは素直に問題が解けることの楽しさを感じてほしい。その上で、“これでいいのかな”と疑ってみることも社会科として大切なことです。入学後は授業を通して生徒たちの「当たり前」を解体し、社会で求められる多角的な視点を養っていきます」(宮坂先生)

社会科で実施している体験型授業

貿易ゲーム

中3の公民の授業で取り入れている貿易ゲームは、貿易の仕組みを疑似体験することで、貿易が世界の人々にどんな影響を与えるのかを考えるゲームだ。経済学習の一環として行われている。

生徒を先進国と発展途上国、後進国のグループに分け、それぞれの国に紙(資源)や道具(技術)をあらかじめ不平等に与える。そこから製品を作り、できるだけ多くの利益を得るように競う。製品をたくさん作りすぎると価格が下がるなど、経済原理の基本的な部分を学び、経済現象を読み解いていく。

「貿易ゲームで最貧国がどういう状況なのかを体験すると、何かをしようにも、資源も技術もなく、何もできない状況で、そこから抜け出すことがかなり大変だということが分かってきます。こうした体験が、あとに続く通常の授業への取り組み方を変えていきます」(麻生先生)

模擬国連

中3・高1を対象とした模擬国連は、生徒一人ひとりが異なる国の大使として、国連を仮定した会議に参加。提示された課題に対して、自国の利益を守りつつ、解決策を討論していくロールプレイングだ。浅野では、ディベート部が模擬国連の活動を行っており、世界大会への出場経験もある。授業内で取り組む学校は多くないものの、浅野では数年前から授業に取り入れている。

「本来の模擬国連は30~50の国の規模で行うプログラムです。授業では9か国程度の小規模なものになりますが、体験することで、自分の問題として受け止めることができるようになります。そうして主体的に考えていくことは、当事者意識を持つ第一歩になります」(宮坂先生)

取材日:2022.7.5